同朋に会いに

「妄念妄想」
と、和田稠先生が言ったことをおもっていた。
同じようなことを源信僧都は、「横川法語」の中で

妄念はもとより凡夫の地体なり

と書かれている。地体というのは立っているところなのだと、黒川(前)道場長が教えてくれた。どこまでいってもに妄念や妄想に立っているなんて思えなくて。同朋に会うことは忘れかけた師の言葉に会うことでもある。