どんないのちも皆、厳粛ないのち。どんな死も皆、厳粛な死。

ここに世自在王仏、すなわちために広く二百一十億の諸仏刹土の天人の善悪、国土の麁妙を説きて、その心願に応じてことごとく現じてこれを与えたまう。時にかの比丘、仏の所説の厳浄の国土を聞きて、みなことごとく覩見して、無上殊勝の願を超発せり。その心寂静にして、志着するところなし。一切の世間に能く及ぶ者なけん。五劫を具足して、荘厳仏国の清浄の行を思惟し摂取す。」『大経』

(法蔵菩薩は)世自在王仏に二百一十億の世界を見せてもらう。二百一十億の世界の一人一人の生涯。その生涯は喜び・悲しみがあり、そしてどのようにいのちを終わっていったかを見た。どのいのちにも手をあわせねばならないような静けさがあった。
みなことごとく覩見して、その心、寂静。
佐野明弘師の法話を思い出していた。どんないのちも皆、厳粛ないのち。どんな死も皆、厳粛な死。生死は静けさ。と師はいった。