錆びた刀

依頼された「小見出し付け」が終わりホッとしている。
先日、佐野さんに会ったときのこと。私たちは真宗聖典を開いて会話することが多いが、私自身はここ数年聖典を開くことがめっきり少なくなった。言葉を確認するためにページをめくるのだけどどこに書いてあったのかすっと思い出せず、佐野さんが「(真宗聖典をめくる手がたどたどしい、)刀が錆びてる。」といって笑った。「(どんな戦いに使う刀なのかわからないけれど、)確かにこの刀は錆びているね。」と私も笑った。「まあ、それでもいいか。」と二人で笑った。
今回ばかりは錆びた刀も活躍した。

・どのいのちも厳粛さが貫く
・苦悩の衆生と見出され、念仏申せと呼びかけられている(いずれも佐野明弘師)

など、これまで涙を流して出会ってきた言葉のはずが、小見出しをつける時には感激はない。耳慣れスズメの切なさ。