「西田哲学から宗教について―『西田幾多郎 世界の中の私』より」永代経法話3前半

(讃題 歎異抄第一条)
お参りありがとうございます。今日が最後となりました。はじめにちょっと自己紹介の代わりに、おとつい、「お寺とはなにをするところなのですか」ということが書かれていたことを、ちょっとお話しました。


お寺とは仏像のおまつりしてあるところだと、仏像は、仏様の姿を表したもので、仏様は立派な人だから尊敬しんなんと、お経は仏様の教えが書いてあるが、これをよく読んで理解すればほんでいいかというと、そうではないんだと。それはただ理屈がわかるだけだ。役に立たない。お寺に行って仏像にお参りして、手を合わしてこころ静かにして、仏様が語りかけられることを聞くのだと。


ところがですね、法事でお斎の時に横に中学三年生のお兄ちゃんが座って、そんなような話になった、「お寺というのは鐘がある、それから賽銭箱が・・・」と言っていました。もしかしたら鐘というのは梵鐘のことでなくて彼はマネーのことをいったのかもしれませんなと。なかなか興味深いと思ったことを話していたわけです。


私の先生もやはり「お寺とは何をするところだろう」そういう問いからはじまる本がありました。電車に乗って移動する時にお寺が見える。なんだろう、あれは、と思われるのだと。

非常に曖昧なんだ。性格がはっきりしない。
病院なら病気の人が行くところ、病気を治してくれる。駅は切符を買って遠くへ電車に乗っていくところ、ではお寺へ何しに行くんですか(笑)はっきりしていますか。社会の施設というものはみんな目的が明確です。デパートへ行く時は買い物をする。「私は何をしに来たんだ」とキョトンとしている人はいない。

僕は電車に乗って、村々や町々にそびえるお寺の屋根を見ながら、あれはなんだろうなと、もし人が集まるとすれば何しに集まるのかな、なんだかわかったようなわからんような、うさんくさい感じがそこにありますね。
『終わりなき歩みを共に』 和田稠 樹心社

なんて書き残しています。こんなこといったら怒られますかね、とつけたされていましたが、「うさんくさい」、なんて先ほどの中学生のお兄ちゃんの発言よりもずっとひどい話です。おもしろいですね。
ところがそうやって、先生は生涯、「お寺とはなにか」を問うた。昨日は、先生の本を紹介して、「寺におったら生死を出ることはできない、これは根本的矛盾でございます。その寺に身をゆだねている限り生死をでることができない、」とよくおっしゃった。「親鸞聖人は比叡山を下りて、具体的にいうと寺を出て、念仏の教えに遇ったのだ」と、お話していました。


なぜ、なぜ、に一つ一つ答えがあることよりも、もっと深いものを言葉にし続けてくれたように思っています。さてそんな和田先生や佐野さんが、「宗教とは」と語るのを耳にしたことがありますが、先日、西田幾多郎の本を見て驚いた。同じことを言っていたんだと、びっくりしました。


さて、私たちは、こころのどこかに「いつかは西田幾多郎を読みたい、知りたい」と思う人が多いのではないでしょうか。立派な西田記念館が出来て、講義もたくさんやっているので、聞きに行かれた方も多いと思うし、また私のように「いつか、必ず」と思っている人も少なくないと思います。

中学の時に、『寸心読本』という、濃い紫の本を教科書と同じ扱いで学校の引き出しに持っていました。今の中学生にはもらわれているのでしょうか。
「寸心」というのは、いわずとしれた西田幾多郎の名前ですが、これは、三十代に座禅に取り組んだ時期に、雪門禅師から居士(禅の在家修行者)の号を受けたということです (私たちでいうと、おかみそりでいただく法名のようなもの) 。

それから、確か、立志式の時に、西田幾多郎の書いた詩のようなものの、額というか置物のみたい物をいただきました。その時は、心から「要らない」と思ったし、大事にした記憶もなく、現在行方不明ですが。

私が高校生の時に、母の従兄弟のけんじさんが浦和から遊びに来て、『寸心読本』に感激していたのをなぜかよく覚えています。それは、誇りのような、おらが村から偉人が輩出したんだ、だから中学の頃から偉大な哲学に触れることになった、みたいな。そういうことで、私の『寸心読本』はけんじさんにあげましたが、まったく同じものがもう一冊、妹のものがまだ家にあるはずです。


また、西田幾多郎の名や言葉は、大谷派の教団の中でも、たまに耳にする事があります。いかにも勉強が大好きそうな方に自己紹介する時は、「西田幾多郎と同じ出身です。」ということも、そう珍しくない。しかも、「ほう、宇ノ気ですか、」と返されることも多い。また、おじいちゃんは頭の悪い私がちゃんと覚えたくらい、「絶対矛盾の自己同一」という西田幾多郎の言葉をいったものでした。


そういうことで、この夏、勉強をほとんどしないで過ごしましたが、涼みに(子どもらっちはトランポリンで遊ばそうと)行った図書館で一冊の本と目があいました。『西田幾多郎 世界の中の私』初版は今年の四月。注目すべきは、昨日も申したのですが、これが中学生に向けて書かれた本であることで、これなら私も読めるかなと思いました。『寸心読本』にもこんなことが書かれていたのかとなぁと、まあ、どっかいってしもたけれどもね。


今回お話しようと思って、一昨日、 また図書館で借りてきたのですが、一週間ほど前に町の書店で注文したので、もうそろそろ届くかなと思っています。「わー」っと思って、法事で話そうと思ったくらい感激した。法事は中学生くらいの子からおるのでなんとか言葉にしたかったけれど、夏の法事は言うまでもなく暑いもんで、哲学やら西田幾多郎というだけで聞いとる人がイヤーになるかと思って、今回は断念し、(先ほど申したお兄ちゃんに聞いてもらうがに)一年ほどあたためることにしましたが、ここでは聞いてもらいたいと思って、この本によって、西田哲学からの「宗教について」をお話ししたいと思います。


(配布する)こんな題がついています。

第六章 死ぬこと・生きること―宗教論

昭和二十年、西田は鎌倉にいた。この年の二月に娘さん(長女・弥生)と死に別れた。そしてその六月に(七十五歳、尿毒症)亡くなったということですが、これは戦争が終わるわずか二ヶ月前だった。その時に書かれたのが、最後の論文である「場所的論理と宗教的世界観」。

当時、鎌倉でも飛行機が飛び交って、海上も爆弾の海で、砲声が耐えることがなかった。朝永三十郎氏宛ての手紙に、
「私のところの東方のかやの山の方の空が真紅になりました。どうもひどい世の中になりました。・・・やはり全体主義というのはだめのものと存じます」(朝永三十郎宛書簡)

という言葉をしたためている。

そういうことで、最後の論文である「場所的論理と宗教的世界観」は、戦争と娘の死という、厳しくまた悲しい状況のもとで書かれたこの宗教論は、生涯の終わりまで生き抜く西田の気迫を感じさせる大論文であるということです。

二 世界を表現する私
宗教とはなんだろうか、西田は宗教についてどう考えたか。
出世作となった『善の研究』では、宗教は「哲学の終結」と書かれていた。

哲学の行き着くところは宗教だという。
彼自身、20代の後半から30代にかけて、熱心に坐禅に取り組んでいた。しかし、その哲学はただ自分の禅の体験を哲学の言葉で表現したというものではなく、キリスト教のことも書かれたり、本を読んだりということがあった。彼は仏教やキリスト教を通じて、そもそも哲学とは何であるのかを、哲学の言葉で明らかにしようとした。


「場所的論理と宗教的世界観」では、「宗教は心霊上の事実である」(??299)
ここから全部「場所的論理と宗教的世界観」からの引用です。
「色が色として眼に表れるがごとく、音が音として耳に現れるがごとく、神は我々の自己に心霊上の事実として現れるのである。」(??300)


つまり、宗教は私たち自身のこころに起こる出来事であり、神は目に見えるものではなく、「あれ」「これ」と指し示すことのできるものではない。その意味では「神はいる、いない」と論じても仕方のないこと。主観と客観の二分法の考え方で、私(主観)に対するものとして神(客観)はいるか、いないかを考えるような発想からは宗教のことは考えられない、というのが西田の考え方だった。


(主観と客観の二分法:主観(見る主体)と客観(見られる物)があるという考え方)

どうですかね、南無阿弥陀仏阿弥陀さんはいろもかたちもましまさず、と、やはりいいますね。弥陀仏は自然の用(はたらき)をしらせん料(手立て)なり。という言葉もあります。あるいは、本尊は本当に大事なものでなくて、「こと」なんだと。

西田は、世界と私との関係から宗教を考えようとした。
「我々の自己が意識的に働くというのは、我々の自己が世界の一表原点として、世界を自己に表現することによって世界を形成することである。」(??305)
「絶対矛盾的自己同一世界においては、個物的多の一々が焦点として、それ自身に一つの性質を持つのである。」(??306)

私というのは世界を表現するもの。このことを「絶対矛盾的自己同一」という言葉を使って考えている。「絶対矛盾的自己同一」とは、一言で言えば、絶対に矛盾するもの、対立するものが、その矛盾や対立はそのままに、全体として一つのまとまり(自己同一)を保っていることを意味している。

現実の世界は絶対矛盾的自己同一の世界だと考えていた。

現実の世界は、インコがさえずり、コスモスが花を咲かせ、夕日が沈む。
そこではインコは動物で、コスモスは植物で、夕日は天体の現象のことで、それらは別々のものである。この意味でそれらは対立している。

こーあって、こーあって、こーある。

また人と人との関係をみると、あなたと私は別々の人格であって、同じではない。相手のことを完全に理解することはないが、互いに語り合ったり、笑ったり、ケンカしたりする。
「個は個に対することによって個である。」(??358)
あなたが私を、私があなたを、互いに鏡のように映し出し、そして世界を映し出している。あなたと私はともに世界の内にありながら、同時にあなたの内に世界が映し出され、私の内に世界が映される。

世界には対立することと、矛盾することがたくさんある。けれども、そんな矛盾や対立はそのままに、丸ごと包み込むようにして、世界は一つのまとまりある世界を作っている。絶対矛盾的自己同一とは、そのようなことを意味している。
つまりインコもコスモスも夕日も、それぞれの形で世界を表現している。また、あなたはあなたとして、私は私として、それぞれの形で世界を表現している。世界はそれらの表現を通して、自己自身を作っている。こう考えるなら、私は世界のなかの一部分として世界を表現し、それによって世界を形づくっている。
西田によれば、自己は世界の「一表現点」であり、「一焦点」なのである。

(休憩)