誓恩院釋尼浄栄 通夜


連絡をいただきまして、率直なところ「とうとうお亡くなりなったのだな」と思いました。顔を見なくなって入院をされているということを聞いてから長いことたったようにも思います。Kさんのおばあちゃんというとこの(写真の)茶色の着物を着て、髪をお団子にして、「じょうちゃん」と呼ばれたことを思います。それは私だけでなくて、うちのおばあちゃんもお母さんもみな「じょうちゃん」と呼んでくれていた。当寺の「報恩講」には毎年Kのおばあちゃんと妹とお斎のお皿を拭いた覚えがあります。それから以前は「太子講たいしこう」に餅をまいていましたが、餅を作るときにも毎年来てくれて、丸めてくれた姿を思います。うまいこと丸める方で、Kのおばあちゃんは当寺では「はしかい人」といっていました。なんでもうまいことやった人だった。


うちのばあちゃんは、梅干のつけ方を教わったそうです。母は、私がお腹にいるときに、山で摂れた松茸をいさんで持ってきてくれて、家のストーブでみんなで焼いて食べたことがあったわ、といっていました。なんでもうまいことする、はしかい人やった。当寺にはたくさん思い出がありますが、ここにおられる方お一人お一人にもたくさん思い出があることと思います。


今日、私は納棺のお勤めを終えてから、「院号法名」の手続きに、教務所へ行ってきました。職員の方に「門徒台帳に名前がありますか、」と聞かれ、「おそらくあると思います。熱心な方でした。」と答えました。私の予想通り帳簿には名前がたくさんありました。金沢へ行くたびにお金を納めておられた。


それは一体どういうことだと思いますか。「なんや知らんけど熱心やった」おじいちゃんおばあちゃんが大事にしていた、そして当たり前のように家にお内仏があるけれど、どんなふうにいいのか、なぜ一生懸命になっていたのかわからなくなっています。「なんや知らんけど熱心やった」で、私も納得できるかといえば、そうではなく、僧侶としては若くても、女でも、お布施もらっているんですから、私のところでははっきりせんなんことです。
浄土真宗の教えは、幸せになったり、賢くなったり、偉くなったりする教えではありません。


お通夜やお葬式を家ですることが少なくなっていますが、おばあちゃんの「家から出たい」という願いをうけ、お通夜とお葬式を家ですることとなったということですが、尊いことだと思います。私は、勉強不足で、なぜ「家から出る」ということを願っていたかを知らないので、それはこれからしっかり聞いていこうと思っています。


そして、今日はこの賞状などに、白い紙が貼られていません、これは、葬儀屋さんの提案もありまして、本来、浄土真宗は白い紙は貼らない、なぜ白い紙を貼るかというと、死を「忌むもの」「穢れ」ということで、それに触れないように貼るのですが、人は生まれたら必ず死にます、死を特別忌むものとしない、熱心な浄土真宗のご門徒であった方ですので、是非真宗門徒のお葬式をしてほしい、ほとんど坊主の勝手な願いをKさんにきいてもらった、ということになりました。でも、これでよかったなと、私は思います。


さて浄土真宗を一言で言うと、

陀仏の本願を憶念すれば、 自然に即の時、必定に入る。
ただよく、常に如来の号を称して、大悲弘誓の恩を報ずべし、といえり。

これは正信偈の言葉です、なにがいいたいかというと、ここのところから院号法名をつけさせていただいた。

弘誓ぐぜい 弘い誓い、阿弥陀仏の生きとし生けるものをおさめ摂って捨てない、
わが名を称えよという呼びかけ、
願いが届く刻とき
弥陀仏の本願を憶念すれば、 自然に即の時、必定に入る。
ああ、なんまんだぶつ すでにたすかっている。
住職と相談してこれを院号法名にさせていただきました。
大悲弘誓の恩を報じたかた
ということで、「誓恩」という名前をつけさせていただきました。


難しなってきたね、なんいうとるか、なんかさっぱりわからんね。
おろおろ。
Kのおばあちゃんが一生懸命求めておられた念仏の教えを私もまた聞き開いていきます。ありがとうございました。


何か質問はありますか、
それではこれからまた月忌参りということでも来ますので、その時にでもまたゆっくりお話したいと思います。(汗)