ブログが夏休みから止まっていますね、といわれてから幾日も経ってしまった。ツイッターフェイスブックミクシィ、いろいろ在籍はしているものの、パソコン起動さえしない日も多く、流行りのラインに手が出ない。とはいえ、それなりに忙しく生きてはいます。時間ができたら恩師に香典を持っていきたい。「もうひと山終わらせてから」なんて思っていたらすっかり時間が経った。年内には必ずいく。
灯油を400L買った。ストーブをつけてこたつでパソコンする季節になってきたのだ。たくさんうれしいことがあったから、これから少しずつ書こうと思う。
11月2・3日と近くのお寺の報恩講法話を頼まれた。初めて「私、明日話をするからよかったら聞きに来てください。」と誘った、今年から入寺した若い夫婦が聞法に来てくれた。うれしくてうれしくて、涙が出るほどだった。家族の一人一人に何度も話してしまった。いつもは疎遠な母にも、である。法礼をいただいた昨日は、それを持って、母と娘と3人で8番ラーメンでプチ打ち上げをした。ローソンでハーゲンダッツのアイスを買って分けて食べて、430円のお風呂も行ってきた。それくらいうれしかった。
尊敬するK先輩にもうれしくて話したら、「それはいいことですね、同朋会ですね。私たちの若い頃は、浄専○の前住が若手を集めて勉強会を開いてくれたんですよ、会費○○円でね、講師代は絶対要りませんとおっしゃるからね、たまったら皆でお食事付きの同朋会をやったんです。」
20年前、大谷専修学院を卒業してすぐにK先輩に勉強会に誘ってもらった。今になって思えば組で推進員養成講座があったのかもしれない。一区切りして会は終わったけれど、K先輩が21歳の私を誘ってくれたのは、育ててくれた先輩の姿があったからだと思う。
若手の勉強会、隣の住職が亡くなってから休んでいる村の同朋の会を復活させて、若手の勉強会を兼ねようか。もちろん坊守も参加してもらう。ここが大事。簡単じゃないけどね。でも子ども報恩講を復活させたんだから、いけるかも。
41歳になるのを心待ちにしていた。29歳の時も35歳の時もそうだったように。なぜ41歳かというとバカボンのパパみたいに鼻毛がでてステテコで腹巻きにハチマキしてるジジィになるとなんか変わる気がしていた、なにかわかる気がしていた。35歳から生えてきた白髪もすっかり増えてきて、娘の黒い服に長ーく一本ひっついていたのには、ちょっとショックだった。白髪の数だけわかったことがあるとは言えないけれど、年とるのも悪くない。